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「時に独眼竜よ。お主、此度の同盟を何故良しとした?お主なら同盟なぞ撥ね付け、自軍のみで織田に挑むやもと思うとっとが。…いや、文を出しておきながらなんじゃが、儂も軍神も是の返事が返って来た事には正直驚いたわい」

女中が御膳を下げるのを視界に入れながら、信玄は落ち着いた声音で政宗に話を振った。

「ah-、そうだな…俺も始めは組む気はなかった」

政宗は幸村と会話を交わす遊士を眺め、瞳を細める。

「そんなボロボロの身体で行って、もし……死んだらどうする。アンタは奥州筆頭だろ?ンなの誰も喜ばねぇし、アイツ等だって苦しむ事になる」

まるで自分が痛みを感じているかの様な苦しそうな顔で、俺へと迷うことなく向けられた刃。

そうだ、俺の命は俺だけのモノじゃねぇ。俺の背には奥州の民の暮らし、皆の命がかかっている。

そう改めて気付かされた。織田を前に、今までの様に安易な手は打てない。

政宗はふっと微かに笑みを浮かべ、信玄に射抜く様な鋭い眼差しを返した。

「だが、気が変わったのさ。アンタ等と肩並べて戦うのも悪くわねぇ。まして、こんな事一度きりだ。…ま、利害は一致してるんだ。それまで頼むぜ」

「ふむ、どうやらお主は少し成長したようじゃな。幸村ももう少し落ち着きというものを…」

「ha、真田が大人しかったら逆に不気味だぜ」

「はっは、それはそうかもしれんなぁ」

信玄の笑い声に、雑談を交わしていた面々は不思議そうに信玄と政宗を見て首を傾げた。







夜の気配が濃くなり、それぞれ与えられた客間、自室へと体を休めに向かう。

「遊士様、俺は自室に居ますので何かあれば声をかけて下さい」

「Thanks.それと悪ぃが、オレが部屋に戻るまで起きててくれねぇか?」

「貴女がそれで安心できるなら」

やはり、口で何と言おうとこれから話す事に不安はあるのだろう。彰吾は穏やかに頷いて、遊士の背を押した。





「政宗、入って良いか?」

僅かに開いた障子から行灯の光が漏れる。障子に揺らめいた影が写り、遊士が許可を得る前に障子は政宗の手により開けられた。

「来たか。話は別の場所で聞く。付いてこい遊士」

「あ、うん」

遊士は政宗の手にある盆を見て返事が一呼吸遅れた。

盆の上には綺麗な酒瓶一本と、杯が二つ。

出端を挫かれた様な気持ちで遊士は前を行く政宗について行った。

黙々と歩を進める政宗の足が城の東側にある離れの渡り廊下を渡る。

やがて見えてきた襖を開け、畳の敷かれた室内へ入るとその部屋の障子を開け放ち、足を止めた。

開け放たれた障子の向こう側には、手入れの行き届いた風流な庭が、その姿を月夜の下浮かび上がらせていた。

月明かりの落ちる庭を眺める形で濡れ縁に腰を下ろした政宗の隣、お盆を挟んで遊士も腰を下ろす。

「綺麗な庭だな」

「俺の気に入りの場所だ。ほら、飲めよ」

酒瓶の蓋を開けた政宗は用意されていた二つの盃に酒を注いで、その片方を遊士の方へ置いた。

「いや、今日は話を…」

「多少酒が入ってた方が話しやすい事もあるだろ?それにこの酒はいつきの所から貰ってきた酒だ」

約束だっただろ、と言われて遊士は断るに断れなくなった。

「…じゃ少しだけ」

クイッと盃に注がれた酒を遊士はあおる。

それを見て、政宗も静かに盃を傾けた。

「ん、美味しい」

「そりゃ良かった。もう一杯飲めよ。お前の為の酒だ」

そう言って政宗が手ずから酌をしてくれるのを、止める術を持たない遊士は大人しく受ける。

二杯目を口に運びながら遊士はようやく本題へと話を移した。

「もう気付いてると思うけどオレの右目、見えてねぇんだ。ただぼんやりと明暗が分かるだけで」

「………」

「それで小さい頃は距離感とか良く掴めなくて、柱にぶつかったり、物を取り落とした事も良くあった。周りからは大人しくしてろ何て言われてた」

苦笑を浮かべて話す遊士の話を政宗は黙って聞く。

「まぁ、オレはあまり聞かなかったけど」

そして、あの日を境にオレは右側に人を置かなくなった。違う、正確には怖くて置けなくなったのだ。彰吾は別として。





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